留置場

SS置き場

修理

 うちには召使い用の高性能ロボットがいる。洗濯、炊事に掃除など家事全般をやってくれるのだ。
 だが最近は調子が悪く、まともに動かなくなってしまった。新品で購入し、まだ一年しか経っていないが、故障したらしい。何年も使う予定で大金を払ったのに、あまりに早すぎる。無料保証期間は、少し前に過ぎてしまった。
 今日も仕事でくたくたの状態で玄関を開ける。誰もいない居間の真ん中で、ロボットは虚空を見たまま静止していた。ここ一週間ずっとこんなかんじである。
 はぁ、と思わず大きなため息がこぼれた。俺は動かないロボットに近づいて、
「おい、帰って来たぞ。早く飯を作れ」
 と命令した。本当は俺が帰ってくる時間を自動的に計算し、前もって働いてくれるのだが、壊れているので仕方がない。
 ロボットは俺の命令を聞いてゆっくりと動き出し、
「ハイ、ウケタマワリマシタ」
 と棒読みの機械音声を発し、履帯の足をキュルキュルと回して台所へ向かい始める。威勢のいい声の割には、のろまな動作。
 その間に俺は自分で風呂掃除をして、湯を沸かすボタンを押した。湯が溜まるまでやることがないので、居間のソファに座ってテレビの電源を入れた。ロボットが掃除をしないので、散らかったゴミや、ほこりのかたまりが視界に入って、気が滅入る。だがこっちは毎日働きづめで、くたくただ。片付ける気には到底ならない。
 ロボットを近いうちに修理に出そうと思っているが、なかなか予定を組むことができない。仕事が忙しいのだ。毎週日曜は休日だが、日頃無理している身体を休めるので精一杯だ。私用の時間は、少しも作ることができないのだ。ロボットのことは、しばらく我慢するしかない。
 数十分後、ロボットは両手でお盆を抱えながらキュルキュルと近づいて来た。
「ユウハンガ、デキアガリマシタ」
 そう言ってロボットはそれをテーブルの上に置いた。そのメニューに俺は絶句した。
 お米は研いでないし、焼き魚の骨を綺麗に取り除く機能が壊れていて、食べれる部分の方が全て捨てられている。それにせっかくの豚肉の生姜焼きは味噌汁にぶちこまれているし、湯のみは醤油でいっぱい。
 その瞬間、俺のこれまで溜まっていた不満が、すべて怒りに変わった。
「ふざけるんじゃねえぞ、こんなものどうやって食えってんだ、ええ?!」
 俺は叫びながらロボットを蹴り飛ばした。ロボットは勢いよくたんすに叩きつけられた。千切れたか細い片腕が宙を舞った。
 それは無残な光景だった。
 ああ、壊しちまった。ただでさえ修理費は馬鹿にならないのに。何やってんだろう。
 結局、その日は食欲が湧かず、夕飯を食べないままに床に着いた。


 日曜日。
 半年前に大学を卒業してから一度も会っていなかった恋人が、久しぶりにうちに来た。俺が仕事に追われていて、会えなかったのだ。掃除をしてないので、相変わらず部屋はきたない。
 俺らはしばらくたわいもない世間話をした。彼女は途中から、俺よりも壊れかけのロボットの方に興味を抱いていった。
「それぶっ壊れててさあ、今じゃまったく使い物にならなくなっちまったよ」
「腕がとれちゃってるじゃない」
「ああ。それならテレビの横んとこにほかってあるよ」
 彼女はその腕を直し始めた。そういえば、彼女は工業系の学校を卒業していたんだ。彼女はしばらく作業に没頭したのち、腕は見事元どおりになった。すると、俺が命令しないとうんともすんとも言わない廃人のようだったロボットが、自ら「アリガトウ」と言葉を発したのだ。
「あら、どういたしまして」
「へえ、こんな機能もあるのか」
 それから彼女は面白がって、ロボットに色々話しかけ始めた。ロボットには退屈しのぎのための会話機能が搭載されていて、こちらが話しかければ返事をするようになっているというのを、俺は初めて知った。
 彼女とロボットは、実に楽しそうに会話をしていた。それはれっきとした談笑だった。ここまで感情豊かな声色で話すロボットは初めて見た。
 しばらく、二人の談笑を眺めていた。ロボットは次第に身振り手振りもくわえるようになった。それが彼女のお気に召したようで、彼女はけらけらと笑った。人間のこんな晴れやかな表情を見たのは久しぶりだった。
 あっという間に数時間の時が流れていた。
 久しぶりに彼女に会ったというのに、少し会話をしただけで終わってしまった。
 彼女は帰り際に、使ってないならロボットをくれないかと言った。俺はあっさり了承した。「お喋りが楽しいんなら、好きなだけ喋ればいい」とも言った。
 彼女とロボットは、親子のように手を繋ぎながら俺の家を去った。
 辺りはすっかり夜。電気もつけず、暗がりの中、居間のソファに身体を沈めた。
 ロボットのいない我が家。一年ぶりだ。煩わしいものがなくなったような、少し寂しいような、どっちつかずのよくわからない感情が渦巻く。でも正直、どっちでもいい。俺は相変わらず疲れていた。何もかもがどうでもよかった。


 あれから数日。
 ロボットがいなくなっても、俺の日常に大きな変化はなかった。
 家事を自分でやらなきゃいけないから、色んなことが雑になった。家事はもちろん、仕事や人間関係なども。当然疲労感も増した。しかし、心情の変化みたいなのは何もない。どちらにせよ、労働と睡眠を繰り返すだけの生活なのだから。
 俺には、話し相手が必要なのだろうか。時折こう思うようになった。
 あのロボットは家事は出来なくなったけど、会話の機能だけは生きていた。あいつと何か話してみることで、この閉鎖的な毎日に風穴を開けることができたかもしれない。
 それに彼女は? 引き止めなくて良かっただろうか。あの日から連絡はまったく来なくなった。多分振られたんだろう。そう思っているから、こちらから連絡する気も起きない。やっぱり、面倒くさいのだ。
 彼女と楽しい日々を過ごすだとか、あのロボットと友達になるだとか、そういう明るい感じがする未来を、たまに想像する。しかしそれと、今の薄暗い日常と、何の違いがあるのか、俺には分からない。
 この世に、俺をすべてから救ってくれる存在なんぞひとつもない。よって何かに「期待する」ことには何の意味もない。他者に期待する必要のない分、今の薄暗い生活の方が幸せだと思う。
 それでも、彼女とロボットのことが、一日に何度か、脳裏をよぎる。
 そんな毎日。