留置場

SS置き場

一緒に

あの、起きてください……。

ねぇっ。

ねえってば!

 

あっ、起きた。

あの、熟睡してるところを起こしちゃって申し訳ないんですけど……。

その……。

トイレに、一緒に行ってもらえませんか……?

この家、廊下真っ暗じゃないですか。まあどの家も大体、夜は廊下真っ暗ですけど。

さっきホラー映画観たから、怖いんですよぉっ……!

 

えっ。

私ですか?

私は、ただの幽霊ですけど……。

あなたがこの部屋に引っ越して来る前から、この部屋に住んでますよ。

普段はあなたに気づかれないようにしてるんですけどね。

 

ほら、あなた、ホラー映画のDVDレンタルしたのに、全然観ようとしないじゃないですか。

だから、私が代わりに観てやろうかなって思ったんですよ。

ホラー映画を一気に3、4本レンタルして、1本も観ないまま返却期限が来てお金を無駄にするやつ、定期的にやってましたよね、あなた。

知ってるんですよ。

克服したいのか何なのか、意図までは分かんないですけど。

 

私、あなたにとっては初対面なのに、こんなこと言っちゃってごめんなさいね。

でも幽霊になってから、なんか恥らいとかがなくなっちゃったんですよ。

生前の私だったら、トイレ一緒に行こうだなんて、誰にも言えないですよ。

怖いときは我慢して寝てましたよ。

絶対おねしょしない自信があったんで。

 

ほらほら、うだうだ言ってないで早く行きますよ。

さあほら布団どけて、立って立って。

って、あれ、何でこんな偉そうなこと言ってんだ、私。

ごっ、ごめんなさい!

さっきも言った通り、幽霊になると色々どうでもよくなっちゃって、ついつい図々しくなっちゃうんですよね……。

 

てか私、幽霊になってから人としゃべるの、これが初めてなんですよ。

死後の私って、人としゃべるとこんな風になるんだなぁ。

なんか死にたくなりますね。

生前だったら首吊ってましたね、こんなことした日にゃ。

てかこの部屋で首吊ったんですけどね、私。

 

たっは~! また私配慮の足りない話しちゃった~!

ごめんなさい。

許しておくんなマスキングテープ。

なんちて。

うげぇ、みゆきたん、あなたと話す毎にどんどん性格が死んでいきますね。

あっ、私の名前、全部平仮名で「みゆき」って言うんですよ。

今後ともよろしくお願いしますね。

 

……はぁ。

なんか、話してたら怖くなくなったんで、一人で行ってきますね。

起こしちゃってごめんなさいね。

またホラー映画レンタルしたら、来ます。

それじゃあ、おやすみなさい。

あ、あのぉ……

あっ、こ、こんにちは!

どうも……こんにちは……。

げ、元気ですか……?

花占い、やりませんか?

えっ、あっ、ご、ごめんなさい。

急に変なこと言って……。

花占い、やらないかなぁ、って、話しかけちゃいました……。

どうです? やりませんか?

あ、やります……?

ありがとうございます。

では早速。

コホン。

好き、きら……

えっ?

枯れてるじゃないか、って?

そ、そうですね。

全部枯れてます、ね。

枯れてるひまわりですけど……。

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あっ、す、すみません、びっくりしちゃいました?

でもこれしか花がなくて……。

我慢してください。

では続けますね。

嫌い、好き、嫌い、好き、きら……

ん?

ああ、花びら結構多いですね。

いつ終わるのかって?

ああ、確かに、これだとだいぶ時間かかっちゃいますね……。

それに片手で持ち続けるのも大変ですね……。

あっ、花占いはもういいですか?

わっわかりました。

そもそも好きな人がいないって?

あ、そうなんですか。

だったら、最初から全部意味なかったですね。

うっ、ううぅん。

このひまわりどうしよう。

家に帰って捨てるしかないかあ。

めんどくさいな……。

その辺で捨てられないかな……。

えっ、暇なのかって?

私がですか?

ん、んまあそうですね、暇ですかね……。

結構いっつも暇なんですよ。

のんびりするのが好きなんです。

はい。

じゃあ私は、このひまわりを捨てに行くので、この辺で失礼しますね。

急に話しかけてしまってごめんなさい。

それじゃあ……ああっ!

帽子が!

まってぇぇ!

飛んでかないでえぇえ!

ああっ!

カラスに齧られてる!!

うぅぅ、カラス怖いなぁ……。

なんで……。

なんで帽子齧ってるのぉ……。

返して……返してよぉ……。

……。

あ、どっか行った。

よいしょっと。

……って、見てたんですかっ?!

さよなら~~!

魔女

「おっと、これ以上俺に近寄るな? 近寄ると、宝の在り処が分からなくなる」
 ロジャーは自分を囲う4人の山賊に向かって堂々と言い放った。
「ああ? 宝だって?」
「その通りだ。おっと、そこのお前さん、動くんじゃないぞ」
 じりじりとロジャーににじり寄っていた、4人の内で一番の大男に、ロジャーは釘を刺す。大男の山賊は、細身で貧弱なロジャーに命令されたことに怒りをあらわにし、ロジャーに今にも飛びかからんとしていた。
「動くんじゃねえクリス!」
 バンダナを巻いたリーダーらしき山賊が、クリスと呼ばれた大男を制した。リーダーの言うこととなると、クリスはしぶしぶ従った。
「そうだ、それでいい。いやぁ、頭のいい連中のようで助かったよ」
「余計なことを喋るな」
 へらへらした口調で話すロジャーに、リーダーが段平の切っ先を向けて言う。
「宝の在り処を言え」
「へっ、まぁまぁ焦りなさんなって。なんせ宝はここにあるんだからさ!」
 ロジャーがそう言った直後、「ひっ」という小さな悲鳴が、ロジャーの耳にだけかすかに聞こえた。  山賊のリーダーは、ロジャーがわざと遠回しな話し方をしていることに気づき、苛立ちを見せた。
「持ってるんだったら、早くそれを出せ!」 
「あわてなさんな。お宝はここにあるが、俺は持っていない。お宝の在り処はそう、俺のポケットの中ではなく、ここだ」
 ロジャーは自分の左側の何もない空間に向かって、両手を振り下ろした。その手は空中でいきなり静止し、まるで人の肩をポンと軽く叩いたかのような音が鳴り響いた。
「ひゃあっ!!」
 その直後、甲高い悲鳴とともに、ロジャーに肩を叩かれた人物の姿がほんの一瞬だけ現れた。それはひらひらした可愛らしいエプロンドレスを着た、青緑色の髪の少女だった。
 4人の山賊は同時に驚いて後ずさった。そして少女の姿があった場所をまじまじと見つめる。ロジャーだけは落ち着いた微笑を浮かべていた。両手を透明人間の肩に乗せたまま。
「そう、ここにおわしますのは自由自在に姿を消すことのできる魔女。それもとびきりの美少女なのです。気づかなかったでしょう?」 
「なに言ってるのよバカ!」
 ロジャーの隣から少女の怒号が響く。山賊たちはまたもや、その声のした場所に目を奪われた。
「私のことをバラして何があるっていうの?! 黙っていて頂戴よ!」
「いや、ジャスミン、君一人だけ透明化の魔法でいつでも逃げられるってのは、不公平だなぁと思って……」
「んん〜〜もうっ!! ほんとにバカなんだから!」
 山賊たちは、何もない場所から聞こえる怒った少女の声に呆気にとられていた。が、リーダーとその隣にいた山賊はいきなり後方に突き飛ばされ、尻餅をついた。
「あ、置いてかないでよ、ジャスミン!」
 ロジャーは尻餅をついた山賊の間を通り抜けて走り出そうとした。しかし、残りの山賊2人に襟を掴まれてバランスを崩した。ぐいと引っ張られ、2人がかりでがっしりと拘束される。
「おい、逃げんじゃねえ!」
 もがいて抵抗しても力かなわず、ロジャーは諦めた。そして山賊に視線を向け、苦笑いをしながら言った。
「へへ……お、お宝はもうここにはありませんぜ?」

靴ひも

 暑さと寒さは、もう久しく感じていなかった。ここの気温は少しも変わらないのだ。
 辺りは霧に包まれている。見えるものと言ったら、自分の身体と地面の土だけだ。
 コンパスを取り出そうとポケットに手を入れたところで、いつの間にか落としてしまったことを思い出し、ため息をつく。ついに方角さえも分からなくなってしまった。コンパスを失くした代わりに手に入ったのは、ずっと同じ場所を歩き続けていたとしたら、という不安だった。
 歩き疲れた。なるべくゆっくりとしゃがみ込んで、靴紐を結びなおす。別に紐がほどけていたわけじゃなかったが、わざと自分でほどき、また結びなおした。
 立ち止まると、不安に襲われてしまう。どこかへたどり着かねばならない。そのために歩き続けなければならない。立ち止まっていては死んでしまう、という不安に。この不安は理性で抑えられないほど大きなものだった。だから、何でもいいから何かをしていないと、休めなかった。
 少し前は、ダンスをしていた。昔、友達が考えたダンスだ。それを仲の良い数人と踊っていた。ダンスの前は歌を歌っていた。有名な歌手が歌っていた歌だ。ダンスも歌も、急に虚しくなってやめてしまった。靴紐を結びなおすのは、なぜだか妙にしっくりきて、長いことこれで凌いでいる。
 また歩き疲れてきたので、俺は立ち止まって靴紐を結ぼうとした。紐をほどこうとしたが、その必要がないことに気づいた。いつの間にか勝手にほどけていた。ほどけた靴紐は1、2センチほど地面に垂れている。それでも、自分で紐を踏んで躓いたことはなかった。
 なんだかすべてがどうでもよくなった。靴紐がほどけたままで、歩き始めた。今まで抱いていた不安も、全部なくなってしまった。だから立ち止まっても何とも思わなくなった。というか立ち止まることすらなくなった。
 どこかへたどり着きたいという願望も消えた。ただ霧の中へ、中へと歩いていくのみだった。

始める

何かを始めるってとても大事なことだと思いますよね?

そこのあなた!

始めるって大事ですよね?

どんなものも、始まりと終わりがあって、始まりがなければこの世に存在しないわけですから!

 

あなた、映画は好きですか?

映画もそう、始まりのシーンと終わりのシーンがありますよね?

万物の母、それが始まりなんですね!

えへへ。

 

ところで、あなたは何かを始めたことってありますか?

なんか、続けていることってありますか?

仕事、ですか。

でもそれってあなたが始めたことなんですか?

他人とか、社会から始めさせられたことじゃないですか?

あなたの意志で始めたとは、言えないんじゃないですか……?

 

……って、あれ? 図星なんですか?

でも、そうですよね。みんな、そうなんですよね。

本当は働きたくないのに、生きるため、仕方なくやってるんですよね。

生きるって、そういうことですよね……。

 

なんか、悲しそうな顔。

そんな顔しないでくださいよ。

あなたも、何か始めてみましょうよ。

そうしましょうよ!

自分の意志で何かを始めるって、もしかして相当ひさしぶりなんじゃないですか?

いいじゃないですか!

まだ先のことかもしれないですけど、人間いつかは死んじゃうんですから。

 

あ、なんか表情明るくなりましたね!

何します?

ゴンドラ乗ります? ゴンドラ。

そうそう、あのスペインみたいな船ですよ。

乗ったことあります?

ない?

じゃあいいじゃないですか!

ゴンドラ乗りに行きましょう。

ちょうど明日、土曜日だし。

土曜日って休みで……あ、休みですか。

決まりですね!

いいですね、人生初ゴンドラ。

って、なーに照れ臭そうに笑ってるんですか!

いいんですよ、人生楽しくしなきゃあ、ね。

 

やっぱりいいですね、何かを始めるって。

……え、私は何かやってることはないのかって?

あー。

いや、私は何もないですよ。

ええ。

え、人に何かを始めろって言ったくせに、って?

そ、そうですね、私は特に……何も……。

え、ええ?! 一緒に行かないかって?

ご、ゴンドラですか?

いやいいですよ私は。

ほんと、大丈夫ですって。

わ、私忙しいんで……。

そうなんです、最近忙しくって……。

ほんと大変なんですよ……。

 

じゃあ、ゴンドラ、楽しんでくださいね。

それじゃあさようなら!

……え?

いや、ほんと大丈夫ですんで!

さよならー!