留置場

SS置き場

ドラッグストア

 僕は最近、市販の睡眠薬を服用し始めた。
 ドラッグストアなどほとんど行ったことがなかったが、このごろは睡眠薬を買うために度々足を運ぶようになった。
 原因は僕の中学校生活にある。一年生は毒にも薬にもならず無難にやりとげることができた。問題は二年生になってからのことだ。二か月前に進級してから、同じクラスになった飯田という男子と、その手下みたいなやつら数名にいじめられるようになった。からかわれる、殴られるのはマシな方で、最近は金を取られ始めた。僕は逆らえず、少ない小遣いをしぶしぶ渡した。
 まだ二年生は始まったばかり、いじめはこれからどんどんエスカレートすることが容易に予想できる。
 僕はすべてをあきらめた。でも自殺は怖くてできやしない。親や教師に相談する勇気など、僕は持ち合わせていない。

 視力だけは、僕は人より優れていた。
 今日もドラッグストアで睡眠薬を買って帰ろうとしたら、レジで会計をしているときに、ふと店員のうしろの商品棚に目が行った。陳列された薬の箱の隙間から、奥のほうに置かれている売れ残りみたいな箱があり、それに「なんでもできる薬」と書いてあるのを幸か不幸か見つけてしまった。
 店員に値段を訊いたら「二十八円」と返ってきた。僕は好奇心に駆られ、それを買って家へ戻った。

 パッケージの裏を見ると、なぜかアニメの美少女のイラストが描かれている。箱の中には八つ折りの説明書と、たった一粒の錠剤。商品名から意味不明だったが、蓋を開けても意味不明だ。
 そして説明書には、さらに奇天烈なことが書いてあった。
 この薬の正しい使い方は、まず五百リットル以上入る容器に水を溜め、その中に錠剤を入れる。錠剤は水の中で溶け、中から小さいおたまじゃくしのような生き物が出てくる。丸三日放置すると、その生き物がパッケージに描かれた美少女へと成長する。美少女は何でもできる魔法使いで、彼女にお願いをすればすべてが解決。
 以上。
 僕は読んでいる途中で、これがくだらないジョークアイテムだと気づいた。ただ、水を入れる容器に関しては、たんすにしまってある使ってない大きな水槽があるのを思い出した。他にやることもないので、水槽を引っ張り出し、説明書の指示に適当に従ってみることにした。水を溜めて錠剤を放り込み、ずっと前に魚を飼っていた窓際のところに水槽を運んだ。それと説明書に記載されてあるホームページで、美少女が着るための服(参考画像を見る限りコスプレみたいなかんじの)を無料で注文した。これで今できる指示されたことはすべて済んだ。

 一日目。
 説明書の通り、錠剤がおたまじゃくしになっていた。しかし、餌は特に与えなくていいらしいので、何も手はくわえなかった。
 二日目。
 しっぽをうようよ動かしながら、おたまじゃくしが泳いでいる。変化が何もなかった。大きさもほとんど変わっていない。
 三日目、中学から帰ると、ポストの中に注文した服が入っていた。
 それを持って部屋に入ると、なんと水槽は中の水を全部床にぶちまけながら盛大に転げ落ちており、その隣に、全裸の女の子がぶっ倒れていた。
 どうやらあのふざけた説明書にジョークの文はひとつもなかったらしい。焦った僕は、説明書に従い脱衣所からバスタオルを持ってきて女の子の全身を拭き、あのコスプレみたいな服を手こずりながら着せた。
 「女の子は使用者の呼びかけで意識を取り戻す」と書いてあるので、彼女に向って「おい」と三回ほど言ってみた。すると表情筋がぴくりとわずかに動いた。僕は驚いて飛びのいた。
 女の子は目をこすりながらうっすらとまぶたを開けた。そして尻もちをついてる僕を見つけた。
 彼女は僕の部屋をきょろきょろ見回すと、すっくと立ちあがって、僕の元へ歩いてきた。そして彼女は自らの第一声を僕に放った。
「いかにも私の助けが必要そうな子だわ。こんにちは。私は君の抱える問題をすべて解決する魔法使い。君の悩みは何かしら?」
 彼女の姿はイラストとうり二つで、見事だった。おまけに声も澄んでいて、美少女とよぶに相応しい人だった。
「僕の悩みは、クラスメイトにいじめられてて、最近は金も取られるくらいにエスカレートしてて、でも僕は昔から弱虫だし、今更何かが変わるとも思えないな」
「ふーん。じゃあさ、そのいじめっ子をぶっ殺せばいいのかな?」
「は?」
 彼女は僕の深刻な悩みを、まるで何も考えてないみたいに、軽率かつ野蛮な一言で一蹴した。僕は、彼女はこういうアホな冗談が好きな子なんだと思って、適当に返答した。
「まあ、それでもいいけど」
「じゃあ、今から殺してくるから待っててね」
 そう言うと、突然彼女の全身から光が溢れ出し、やがて彼女はどこかへ消えた。彼女の発言通りなら、飯田を殺しに行ったんだろう。でも僕は本気にしてなかった。
 二分後、女の子が戻ってきた。そして僕にこう言った。
「殺してきたわよ。これであなたの悩みは解決したかしら?」
「ああ、ありがと」
 僕はまた適当なことを言っていると思って、そっけない返事をした。それから僕は夕食を食べて、風呂に入って、宿題をして、夜十一時にベッドに入った。すると彼女もベッドに入ってきた。彼女の甘い体臭と静かな息遣いに、僕はドキドキした。
「何で僕の隣で寝るの?」
「じゃあ私の寝る場所はどこ?」
「そ、そうだけど」
「ふふ、かわいい男の子」
 その直後、僕は人生初のキスをした。それは想像していたものを遥かに超える素敵な体験となった。

 次の日中学校へ行くと、飯田が行方不明だと先生が言った。それを聞くや否や、僕は仮病で早退して、家まで駆け付けた。そして女の子に問い詰めた。
「本当に殺したの?!」
「え、嘘だと思ってたの? 私は嘘はつかないわ」
 彼女は悪びれる様子など微塵もなく言い放った。
「飯田っていう男の子のことでしょう? 君の悩みを聞いてからすぐ、彼の元へ移動して、殺したわ。死体もちゃんと片づけたから、安心していいよ」
 彼女がやった。
 でも命令したのは僕だ。
 その瞬間、僕は罪悪感で頭がおかしくなった。いきなり彼女に飛びついて、その身体を抱きしめた。そしてキスをした。彼女は何のためらいもなく僕を受け入れ慰めた。

 その日から僕は学校にいかなくなった。部屋に引きこもり、そこで彼女に甘えるだけの日々を過ごした。
 僕は、飯田に便乗して僕をいじめたあの手下どもを、女の子に殺させた。それを切っ掛けにして、ぼくの頭のねじははずれてしまったらしく、ぜんぜんかかわりのないひとたちも、つぎつぎころさせた。
 ぼくがころすめいれいをするたび、ぼくはかのじょときすをした。そのさいくるがきもちよくて、ずっとそれをくりかえした。とちゅう から かのじょ の ほう から むりやり きすを して くるようになって、じゅんじょが ぎゃくてん した。 ぼくは こいつは あくま みたいだと おもった。

 とうとう ぼくが しってる ひとは みんな ころして しまった
 ぼくは さいごに ぼくを ころしてくれ と たのんだ
 そしたら かのじょ の かみが ぎゅわん! と のびて ぼくの くびに まきついた
 そして ぼくの くびを ぎゅうう と つよく しめつけはじめた
 ああ このこは いままで こんな やりかたで ひとを ころして いたのか
 きすや せっくすの ひじゃないくらい きもちいい

獣人市街

 二人は息を切らしながら、やっとのことで市街地へ戻ってきた。思っていたより時間がかかった。
「さ、ここからが本番よ」
 私は汗だくでレンガの壁にへばりついている莉音を励ますように言った。
 もう二人の関係は、最初とは正反対だ。気弱だった私が莉音の手を引っ張り、たくましかった莉音は泣き虫になってしまった。私はいつの間にか「ちゃん」付けで莉音を呼ばなくなっていた。
 小さな街はいつになく騒がしかった。犬の警官がそこら中に立っていたり、走り回っている。他の動物はどこにも見当たらない。みんな家の中に隠れているんだ。
 壁から街の様子を覗いていると、突然、左手に重力がかかった。見ると莉音がへなへなと力なく地面に座り込んでいた。
「暑い……」
「もう! 暑いって言うから暑く感じるのよ」
「もう歩けないよ」
 莉音は下を向いたまま愚痴をこぼした。私はそんな莉音に話そうとすると、ついお説教をするときの口調になってしまう。
「ちゃんとして。ここから逃げないといけないんだから」
「ここってどこ?」
「ちょっと! 街の入り口よ。辺りを見てごらんなさい。ここまで走ってきたのよ」
 突然、左の方から物音がした。声を出しすぎたのを聞かれたか?
 しかし、その音の主が知っている人で、私はほっとした。
「早紀、莉音! 戻ってきたのか。さあ、早くこっちへ」
「ネッドさん!」
 ネッドさんはロバの優しいおじさんだ。どれくらい優しいかというと、今困っていた私たちを一番最初に見つけてくれるくらいだ。
 私は莉音を立たせてネッドさんの案内する場所へ行った。そこは古い喫茶店だった。建物と建物の間、街の奥深くにひっそりと建っているお店だ。棚には何も置いていない。ここだけじゃなくすべてのお店がそうだ。お店をやろうなんて人は、もうこの街には一人もいなかった。
 店の赤いソファに莉音を座らせたとき、奥からカレンさんとギルも現れた。カレンさんはネッドさんの奥さんのロバ、ギルは私たちより少し年上の狐の男の子だ。
「まあ! 二人とも無事でよかったわ。あら、莉音ちゃんは大丈夫?」
「今は元気がないだけだと思う。大丈夫よ」
「そう? それならよかった。本当に心配してたんだからね」
 カレンさんは大きな前歯を見せながらにっこりと笑った。

修理

 うちには召使い用の高性能ロボットがいる。洗濯、炊事に掃除など家事全般をやってくれるのだ。
 だが最近は調子が悪く、まともに動かなくなってしまった。新品で購入し、まだ一年しか経っていないが、故障したらしい。何年も使う予定で大金を払ったのに、あまりに早すぎる。無料保証期間は、少し前に過ぎてしまった。
 今日も仕事でくたくたの状態で玄関を開ける。誰もいない居間の真ん中で、ロボットは虚空を見たまま静止していた。ここ一週間ずっとこんなかんじである。
 はぁ、と思わず大きなため息がこぼれた。俺は動かないロボットに近づいて、
「おい、帰って来たぞ。早く飯を作れ」
 と命令した。本当は俺が帰ってくる時間を自動的に計算し、前もって働いてくれるのだが、壊れているので仕方がない。
 ロボットは俺の命令を聞いてゆっくりと動き出し、
「ハイ、ウケタマワリマシタ」
 と棒読みの機械音声を発し、履帯の足をキュルキュルと回して台所へ向かい始める。威勢のいい声の割には、のろまな動作。
 その間に俺は自分で風呂掃除をして、湯を沸かすボタンを押した。湯が溜まるまでやることがないので、居間のソファに座ってテレビの電源を入れた。ロボットが掃除をしないので、散らかったゴミや、ほこりのかたまりが視界に入って、気が滅入る。だがこっちは毎日働きづめで、くたくただ。片付ける気には到底ならない。
 ロボットを近いうちに修理に出そうと思っているが、なかなか予定を組むことができない。仕事が忙しいのだ。毎週日曜は休日だが、日頃無理している身体を休めるので精一杯だ。私用の時間は、少しも作ることができないのだ。ロボットのことは、しばらく我慢するしかない。
 数十分後、ロボットは両手でお盆を抱えながらキュルキュルと近づいて来た。
「ユウハンガ、デキアガリマシタ」
 そう言ってロボットはそれをテーブルの上に置いた。そのメニューに俺は絶句した。
 お米は研いでないし、焼き魚の骨を綺麗に取り除く機能が壊れていて、食べれる部分の方が全て捨てられている。それにせっかくの豚肉の生姜焼きは味噌汁にぶちこまれているし、湯のみは醤油でいっぱい。
 その瞬間、俺のこれまで溜まっていた不満が、すべて怒りに変わった。
「ふざけるんじゃねえぞ、こんなものどうやって食えってんだ、ええ?!」
 俺は叫びながらロボットを蹴り飛ばした。ロボットは勢いよくたんすに叩きつけられた。千切れたか細い片腕が宙を舞った。
 それは無残な光景だった。
 ああ、壊しちまった。ただでさえ修理費は馬鹿にならないのに。何やってんだろう。
 結局、その日は食欲が湧かず、夕飯を食べないままに床に着いた。


 日曜日。
 半年前に大学を卒業してから一度も会っていなかった恋人が、久しぶりにうちに来た。俺が仕事に追われていて、会えなかったのだ。掃除をしてないので、相変わらず部屋はきたない。
 俺らはしばらくたわいもない世間話をした。彼女は途中から、俺よりも壊れかけのロボットの方に興味を抱いていった。
「それぶっ壊れててさあ、今じゃまったく使い物にならなくなっちまったよ」
「腕がとれちゃってるじゃない」
「ああ。それならテレビの横んとこにほかってあるよ」
 彼女はその腕を直し始めた。そういえば、彼女は工業系の学校を卒業していたんだ。彼女はしばらく作業に没頭したのち、腕は見事元どおりになった。すると、俺が命令しないとうんともすんとも言わない廃人のようだったロボットが、自ら「アリガトウ」と言葉を発したのだ。
「あら、どういたしまして」
「へえ、こんな機能もあるのか」
 それから彼女は面白がって、ロボットに色々話しかけ始めた。ロボットには退屈しのぎのための会話機能が搭載されていて、こちらが話しかければ返事をするようになっているというのを、俺は初めて知った。
 彼女とロボットは、実に楽しそうに会話をしていた。それはれっきとした談笑だった。ここまで感情豊かな声色で話すロボットは初めて見た。
 しばらく、二人の談笑を眺めていた。ロボットは次第に身振り手振りもくわえるようになった。それが彼女のお気に召したようで、彼女はけらけらと笑った。人間のこんな晴れやかな表情を見たのは久しぶりだった。
 あっという間に数時間の時が流れていた。
 久しぶりに彼女に会ったというのに、少し会話をしただけで終わってしまった。
 彼女は帰り際に、使ってないならロボットをくれないかと言った。俺はあっさり了承した。「お喋りが楽しいんなら、好きなだけ喋ればいい」とも言った。
 彼女とロボットは、親子のように手を繋ぎながら俺の家を去った。
 辺りはすっかり夜。電気もつけず、暗がりの中、居間のソファに身体を沈めた。
 ロボットのいない我が家。一年ぶりだ。煩わしいものがなくなったような、少し寂しいような、どっちつかずのよくわからない感情が渦巻く。でも正直、どっちでもいい。俺は相変わらず疲れていた。何もかもがどうでもよかった。


 あれから数日。
 ロボットがいなくなっても、俺の日常に大きな変化はなかった。
 家事を自分でやらなきゃいけないから、色んなことが雑になった。家事はもちろん、仕事や人間関係なども。当然疲労感も増した。しかし、心情の変化みたいなのは何もない。どちらにせよ、労働と睡眠を繰り返すだけの生活なのだから。
 俺には、話し相手が必要なのだろうか。時折こう思うようになった。
 あのロボットは家事は出来なくなったけど、会話の機能だけは生きていた。あいつと何か話してみることで、この閉鎖的な毎日に風穴を開けることができたかもしれない。
 それに彼女は? 引き止めなくて良かっただろうか。あの日から連絡はまったく来なくなった。多分振られたんだろう。そう思っているから、こちらから連絡する気も起きない。やっぱり、面倒くさいのだ。
 彼女と楽しい日々を過ごすだとか、あのロボットと友達になるだとか、そういう明るい感じがする未来を、たまに想像する。しかしそれと、今の薄暗い日常と、何の違いがあるのか、俺には分からない。
 この世に、俺をすべてから救ってくれる存在なんぞひとつもない。よって何かに「期待する」ことには何の意味もない。他者に期待する必要のない分、今の薄暗い生活の方が幸せだと思う。
 それでも、彼女とロボットのことが、一日に何度か、脳裏をよぎる。
 そんな毎日。

いつか止む音楽

 私の家は貧乏だから、ペットは高くて買えなかった。本当は犬が飼いたかったんだけど、私はまだ子供でお金を稼げないし、仕方なく諦めていた。

 だがある日のこと、ついに私はうちでも買えるほど値段の安いペットを見つけることができた。値札に書いてある金額は、なんと4000円! それも、大好きなミニチュアダックスフンド

 ペットがこんな値段で売っているなんて信じられないけど、ミニチュアダックスの中でも特に小さなわんちゃんだから安いのかな、と当時は思っていた。

 お母さんはこんなに安くてもお金が惜しいようで、ウンウン悩んでいたけど、懸命におねだりしたら、流石に買ってくれた。

 お母さんが店員さんに「どうしてこんなに安いんですか?」と聞いたら、店員さんは「寿命が1年しかない犬なんです」と答えた。私は値段の理由に納得したけど、ペットが本当に喉から手が出るほど欲しかったし、1年もあるなら十分! なんて思うほどだった。

 私が考えた名前は「ダッシュ」。急ぎ足で遊ばないと1年があっという間にすぎてしまう気がしたから。私はダッシュが本当に大好きだったし、事実ダッシュとわたしは誰よりも仲良しのペットと飼い主だった。毎日がこれまでの2倍、いや10倍華やかなものになって、私は1日も欠かさず笑っていた。

 最初は檻に入れて飼っていて、私がダッシュと一緒に寝たいってお母さんに言ったら、1回だけ許してくれた。だけどダッシュが家の中で凄く利口にしているので、私がもう一度ダッシュを檻に戻さなくても、お母さんもお父さんも注意しなかった。

 ダッシュは名前の通り走るのが大好きだった。だから私は人生で初めて田舎に住んでいてよかったと思った。当時私とダッシュがそこら中を縦横無尽に走り回っていたのは、近所に住んでいる誰もが知っている。私はそれまで走ることが特別好きではなかったけど、ダッシュと同じく大好きになった。

 走るのが好きと言っても、ただ適当に走り回っていたわけじゃない。色んなところへ探検へ行ったのだ。ダッシュと居ると、1人では怖くて行けなかったところでもずんずん行けてしまった。新しい道や建物を発見したし、以前は不気味で近寄ろうとしなかった小屋へ入ってみたりもした。まあ、中には特に何もなかったから、あれだけ不気味がってたのが馬鹿らしくなったけど。

 

 ダッシュと出会った日から1年後、本当にダッシュは死んだ。ダッシュは最後まで元気一杯で、突然何の前触れもなくあの世へ行った。私は散々泣いた。でも少しずつ弱っていく死に方だったらもっと悲しかったと思う。苦しそうなダッシュの姿を見るのが一番辛いだろうから。この時ほど、お母さんが私とダッシュの写真を一杯撮ってくれたことが嬉しかった時はない。

 1年後に私は2匹目のペットを買ってもらった。私がちゃんと自分でペットの世話をしたから信用がついたのと、ダッシュがいた頃よりも私が少し元気をなくしていたからだ。次は普通の値段の、何年も寿命がある普通のペットにした。というか、ダッシュみたいなペットはもう二度と見つけることはできなかったけど。

 しかし、そのペットも2年ほどで病気で死んでしまった。普通の値段で買ったのに! って冗談は絶対に思い浮かばないくらい悲しんだ。ダッシュのときと違って寝たきりになり、時々苦しそうにクゥンと鳴くから、私はどこも痛くないはずなのに心臓が締め付けられているようだった。2匹目のペットが死んだのは、中学校の入学式の直前だった。私は大きな不安を抱えながら入学式へ臨むこととなった。

 

 幸い、私は中学校で仲のいい友達を作ることができた。ペットを失った傷は徐々に癒えていった。

 たまに私は「またペットが欲しいなあ」と友達にこぼす。それを聞いた友達に「前のペットのこともう忘れちゃったの?」とか「あんたすぐ浮気しそう」などと、からかいまじりに言われたことがある。でも私はそんなことはこれまでの人生で1秒すら考えたことはない。ペットと過ごした時間はいつだって楽しかったし、それはペットも同じだろう。誰かが不幸になる余地はどこにもなく、そんな心配をしている内にも私の命は着実に死へと進み続けている。

シャトル

「あー、あー、聞こえますか?

 テステース、マイクテース、聞こえますかー?

 応答願いまーす。どうぞー。

 えー、これを聞いてる人へー、メッセージ。

 うんこ! うんこを食べましょう。ふふっ。

 うんこは大変健康に良いのです。2010年代の人たちは知らないでしょうが。

 100年後の世界ではうんこは健康食として普及してますよ。時空法第123条に背いて、 私が教えてあげます。

 

 ああ、あともう一つ良いことを教えてあげます。

 あなたたちが今ハマってるスマートフォンですが、100年後は多くの人間の敵になってますよ。一般庶民は常にスマートフォンに監視されて生きている状態です。24時間、365日、スマートフォンの奴隷です。スマートフォンが指示した通りに労働し、スマートフォンの計画したスケジュールによって生活させられています。

 スマートフォンを手放すと、終身刑になっちゃうんですよ。

 あなた方にとっては魔法のアイテムのようですね。私にはそんな風には到底思えませんよ。

 これは私からのお願いなんですけど、スマートフォンを持っていたら壊してくれませんか? これが普及してなんかいなければ、こんな世界にはならなかったと思うので。想像してみてください。その大好きなスマートフォン服従させられて生きるのなんて、イヤじゃないですか? 私らには人権なんてあってないようなものですよ。

 頼みましたよ。私が重大な犯罪を犯してまで、あなた方に伝えたことですので。

 

 あ、最初のうんこが健康食ってのは嘘です! ごめんなさい!

 でもスマートフォンの話は大マジなので、本当にお願いしますよ。

 それでは、健闘を祈ります」