留置場

SS置き場

獣人市街

 二人は息を切らしながら、やっとのことで市街地へ戻ってきた。思っていたより時間がかかった。
「さ、ここからが本番よ」
 私は汗だくでレンガの壁にへばりついている莉音を励ますように言った。
 もう二人の関係は、最初とは正反対だ。気弱だった私が莉音の手を引っ張り、たくましかった莉音は泣き虫になってしまった。私はいつの間にか「ちゃん」付けで莉音を呼ばなくなっていた。
 小さな街はいつになく騒がしかった。犬の警官がそこら中に立っていたり、走り回っている。他の動物はどこにも見当たらない。みんな家の中に隠れているんだ。
 壁から街の様子を覗いていると、突然、左手に重力がかかった。見ると莉音がへなへなと力なく地面に座り込んでいた。
「暑い……」
「もう! 暑いって言うから暑く感じるのよ」
「もう歩けないよ」
 莉音は下を向いたまま愚痴をこぼした。私はそんな莉音に話そうとすると、ついお説教をするときの口調になってしまう。
「ちゃんとして。ここから逃げないといけないんだから」
「ここってどこ?」
「ちょっと! 街の入り口よ。辺りを見てごらんなさい。ここまで走ってきたのよ」
 突然、左の方から物音がした。声を出しすぎたのを聞かれたか?
 しかし、その音の主が知っている人で、私はほっとした。
「早紀、莉音! 戻ってきたのか。さあ、早くこっちへ」
「ネッドさん!」
 ネッドさんはロバの優しいおじさんだ。どれくらい優しいかというと、今困っていた私たちを一番最初に見つけてくれるくらいだ。
 私は莉音を立たせてネッドさんの案内する場所へ行った。そこは古い喫茶店だった。建物と建物の間、街の奥深くにひっそりと建っているお店だ。棚には何も置いていない。ここだけじゃなくすべてのお店がそうだ。お店をやろうなんて人は、もうこの街には一人もいなかった。
 店の赤いソファに莉音を座らせたとき、奥からカレンさんとギルも現れた。カレンさんはネッドさんの奥さんのロバ、ギルは私たちより少し年上の狐の男の子だ。
「まあ! 二人とも無事でよかったわ。あら、莉音ちゃんは大丈夫?」
「今は元気がないだけだと思う。大丈夫よ」
「そう? それならよかった。本当に心配してたんだからね」
 カレンさんは大きな前歯を見せながらにっこりと笑った。