読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

君の名は。

無職の日記

「こんにちは」

 いい天気だったので、つい元気に挨拶をしてしまった。私が挨拶した相手は、花屋の前にある小人の置物。店の奥さんが驚いた顔で私を見ている。

「あ、すみません、これはその……いや、あんまりよく出来た置物だったんで魂があるように感じてしまいましてね、はははは」

 私は笑ってごまかした。奥さんが笑ってくれたら、こんな失敗全部チャラになってお釣りも返ってくるのだが、しかし奥さんは相変わらず変人を見る目のまま、

「あら、そうですか」

 と言っただけだった。これではとても気まずい。

「はい、では失礼しました……」

 うむ、少しくらい愛想をよくしてくれてもいいのに。そんなに私は近寄りがたい人間に見えるだろうか? 実際、私は地位とか名声とは無縁の、冴えない会社員だ。友達は少ないし、人の集まる場所へも好んで参加しない。そういう、普段からの人生への姿勢が、外見に表れているのだろうか。

 今日は仕事が早く終わった。今はまだ午後2時で、徒歩で自宅へと向かっている。こんなに明るくて暖かい町中は、とても久しぶりだ。こんな日には知らない人に挨拶をしたくなるのも仕方がないだろう。悪いのは、俺じゃない。

 向こうから人が歩いてくる。高く昇った太陽に照らされて、ぽかぽか暖かい道。私はもう、挨拶する気は起きない。どうせあの女性と同じ反応をされるんだろう。それでは、こちらから挨拶する意味なんて、皆無だ。ゼロさ。もうやらないでおこう、悲しくなるだけだから。

「こんにちは」

 すれ違いざまに、私は挨拶をされた。私が顔を上げようとしたときには、もう彼とすれ違う瞬間だった。私はどうすればいいか分からなかった。挨拶を返すべきか、背中に向かって挨拶をするのは気を遣わせて悪いか、迷った。そうしている内に、彼とは距離が離れてしまい、挨拶は返せなくなってしまった。私は家路を歩き続けた、とぼとぼと。

 一体、何を信じればいい? 私はどうしたらいいのか? どうしたら、社会に受け入れてもらえる?

 私はただ、普通の人と同じようにみんなと明るく過ごしたいだけだ。それだけなのに、いつもこう上手くいかない。いや、その望みすら、嘘なのかもしれない。だったら私は何のために生きればいい?

 私の言動には、いつも意味を孕まない。私はいつだって人生の意味を考えている。

 今、街がぽかぽか暖かいことだって、何が嬉しいのか、本当はよく分かっていない。