留置場

普通の日記

田んぼ

ないものを探すというのは本当に難しいことだと思う。

出先で落とした所持品を自宅で必死こいて探している時に希望は見えない。見えてたとしても例外なく気のせい。

 

中学生のころ、担任の教師に「生きる意味を答えられたら今後宿題を提出しなくていい」と言われた。

俺は優等生のふりして全然宿題をやってこなかったので、個人的に呼び出され、こう言われた。結局この問題には答えられなかったのだが、俺はそれからも宿題をやらなかったので今思えば同じことだ。

 

今更気づいたことだが、生きる意味というのはもともと存在するものじゃない。探しても見つからないんである。だから作るしかないわけだが、当時の俺は作るという発想に至らなかった。探して探して見つからなかったので、「わからねえ」ってなって諦めた。割と早い段階に。うちに帰ってゲームが遊べれば、他のことはどうでもよくなる人間だったので。

 

ただ、「生きた意味」なら分かる。こっちは作ろうと思っても作れない。作ろうと思って作ると嘘が出来上がる可能性の方が高い。探せば見つかるはずのものなのだ。といっても、中学生の俺にとっては同じくらい難しい問題かもしれない。

 

まあ、現在の俺も「そのとき俺がそう思ったから」以外の回答は持ち合わせていないが。