読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

君の名は。

無職の日記

傷つくのを恐れて過剰防衛していた

自分は、友達など煩わしい、一人でいる方が何倍も好きな人間だと思っていたが、よく考えてみるとそれは嘘で、心の底では誰かと一緒に遊ぶことを求めていたようだ。

友達に傷つけられることを恐れすぎていたらしい。

高校を卒業して、さらに1年経った今、ようやく気付いた。遅い。

 

小学校に入学したときからいじめられるようになったのが原因に思える。

いきなり仲間外れにされたときは驚いた。当時のことなど詳しく覚えてないが、俺が何か特別まずいことをした記憶はない。田舎の学校で、同級生が自分以外に5人しかいなかったから、他に逃げ込むところもなかった。

しかし卒業式を終えた頃から普通に遊ぶようになったので、全くと言っていいほど気にしなくなったのだが、今思えば自我を構成する重大な要素になっていそうだ。なんせ6歳の頃の体験だから。

 

中学生になっても、弱気な性格のせいで相変わらず友達にからかわれていたが、誰よりもゲームに熱中していたのでゲーマーとしての立場は他の追随を許さなかった。もちろんからかわれて辛かったことは多かったが、その苦痛<ゲームをする幸福だった。

 

高校では中学以上のゲーム仲間が出来た。しかし彼らは俺よりゲームに情熱を注いでいた。彼らはFPSというガンシューティングゲームをやっていて、俺はそのジャンルはやったことがなかった。誘われて一緒にやったのだが、遊んでいる間は、こいつらが俺よりゲームが上手い事実を嘆くばかりだった。純粋に楽しんでいれば、腕も上がっただろうに。劣等感に頭を支配されて、全然集中できなかった。終いには学校でも彼らを避けようとするようになった。

 

最初のちっぽけな劣等感さえ乗り越えれば高校生活はもっと充実したものになっただろうとは言わないが、これからはそういうのを気にせずに人と付き合っていかないと、また同じことを繰り返す羽目になりそうだ。一応彼らとはまだ付き合いがあるし。

 

 

こうやって過去を反省すると、過去に存在するかわいそうな自分が愛おしくなることがある。駄目だったことを駄目のままにして、駄目人間として生きたくなる。実際にそういう選択をしたことも多々ある。その結果、秀でた能力のない人間になった。

そうやって手に入れたダメ人間を、こんな俺なんか、と貶めるのに熱中することもある。

主観的には楽しんでるはずだからいいが、絶対に良い趣味じゃない。

他人に自慢できる趣味が欲しい。