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君の名は。

無職の日記

No.65 PADS

アニメオタクたちの用語で「PADS(Post Anime Depression Syndrome)」という言葉があるらしい。意味は、大好きなアニメが終わったあとに気分が沈み、うつ状態のようになること。物事に集中できなくなったり、他人のことを気に留めなくなるといった症状があるとのこと。

 

今の俺も、全140話もあるアニメを一気見して、喪失感のようなものを感じているところである。あんなに楽しかった時間が終わってしまい、元の干からびたような日常に、戻ってしまった。

 

こんな気持ちになるって、最初に覚悟しておかなかった俺が悪い。楽しい時間を過ごせば過ごすほど、別れる悲しみも膨らんでいくのは当たり前。悲しみの大きさが、過ぎ去った時間の大切さを物語ってくれるのなら、俺はその悲しみを感謝に変えて、次の道を歩まなくてはならないのだ。

 

でも、ひとつだけ言い訳させてくれよ。こんなに楽しい時間になるって思ってなかったんだよ。最初に予想していた何十倍も楽しかったんだ。想定外のハプニングだ。悲しみを抑えられなくて涙が出たよ。でも仕方ないだろ。

 

まだ気分は完全には晴れない。もう少し気持ちを引きずりそうだ。

でも、もう少しだけ、もう少しだけだよ。ちょっとくらい引きずってもいいだろ。

 

最後に大好きなアニメの、大好きな歌を1曲貼って終わる。ありがとうプリパラ。

youtu.be

No.64 電通

さっき、電通で過労死だか自殺した人のニュースがテレビでやっていた。テレビには彼女の母親が写っていて、死んだ娘のことなどを語っていた。

 

このニュースは、つい昨日女児向けアニメの「プリパラ」を全話見終えた俺にタイムリーなニュースだった。プリパラは、「友情の力」でどんなに遠く離れた人とも繋がっていられるというのに、社会の基盤がしっかり構築された先進国の日本という国では、知り合いがいるにも関わらずたった一人で死ぬ人がいる。むしろ死んだ後の方が世間が盛り上がっているまである。

 

どんなに国が豊かになっても、人ひとりの命はやっぱり脆い。だから互いに支え合わないといけない時が必ずあって、でもそれをするだけで人は幸福になれる。「友達になって」あるいは「友達だよ」と言うだけで幸せになれるのなら安いもんで、何も一人で死ぬことなんかない。もし、すべての生き物が全員友達になれたのなら、それ以外に何もなくても、俺たちは自由になれるんだなぁと思った。

 

プリパラいいアニメだった~。アイドルタイムを見てから無印プリパラを観たんだけど、神アイドルがあんなに大変なものだとは思てなかったからびっくりしたよ。

あと俺はミルキィホームズのアニメが大好きなので、プリパラは感動することもたくさんあったけど、カオスなテンションも楽しめてよかった。

No.63 バーベキュー

BBQをしていたら「うるさい」と言われ、刃物で刺し殺された事件があったらしい。

headlines.yahoo.co.jp

 

これを見てから、自分が死ぬときにはどうすればいいのか考えていた。結論としては、現れた死神に対して「お前が俺を殺そうとして、俺が生き延びれば生き延びるほど、俺の命は輝くんだよ」と言い張るしかないのかもしれない。

でも本音としてはやっぱり、まだまだ死にたくないなと思う。

 

どんなに平和な世界で生きている人間でも、命には時限装置が付けられていて、それがいつか死神になるんだろう。死ぬために生きている人に、俺は会ったことがあるだろうか。少なくとも俺自身は、そんなことを思って生きたことは、多分ない。俺は頭が悪いので、考え事をするだけ時間が無駄になっていく。本能のままに生きることが正しい道へ繋がっていることを祈る。

 

この前、誰も通らないような山道へ散歩しに行ったのだが、道には大量の羽虫の群れや、大きな蜂が飛んでいたりした。ゲームだったら何度もリセットできるので、道に何がいようと恐れる必要はないが、現実ではそうはいかない。死にたくなければ、相手の機嫌を窺って、進むか戻るか決める必要がある。現実はやはり、独りでは生きていられない世界なんだろうなと思った。人でも動物でも植物でも友達は多い方が強い。

No.62 プリパラがすごい

最近、女児向けアニメのプリパラを観てるんだけど、もう19歳になる俺がハラハラした回があったので、紹介する。話数は8話。

 

主人公のらぁらは、プリパラでアイドルをやっていることを、色んな事情があって、親友のなおに打ち明けられないでいた。プリパラへ行くには「プリチケ」というチケットが必要で、なおはらぁらより先にプリチケを入手していたのだが、全生徒に対して行われたプリチケ没収で所持してるのがバレてしまい、プリパラへ行きたくても行けなくなってしまった。

ある日、らぁらがなおからの遊びの誘いを断って、実は自分の元にプリチケが届き、アイドルをやっていることを告げると、なおは自分に内緒でアイドルをやっていたらぁらに腹を立て「大嫌い」と怒鳴ってしまう。らぁらは悲しみに暮れるが、ライブステージでなおへ謝罪を含めたメッセージを語り、彼女への想いを込めて歌う。それを観たなおは、らぁらが自分のことを本当に大切な友達だと想ってくれていると感じ、怒鳴ってしまったのはらぁらのことがただ羨ましかっただけだと気づく。

2人は仲直りし、いつか一緒にプリパラへ行こうと約束をして終了。

 

俺は2人の関係がギスっていくのをマジで心配しながら観てたんだけど、2人とも俺が思っているより強い子たちだった。とくになおは、メインキャラじゃなく登場シーンが少ない分、驚かされた。嫉妬から立ち直れなくなってもおかしくない話の展開だったが、なおはちゃんと自分で立ち上がっていた。この回ではなおが誰よりもかっこよかった。

 

ちなみに、らぁらがなおにプリチケが届いたことを打ち明けられなかった理由とは、打ち明けようとすると完璧なタイミングで校長がプリチケを没収しに来るという、アニメ特有の事情から。「私、実は……」まで言うと必ず校長が飛んでくる。かわいそう。だけど俺は笑って観るしかねえ。

 

プリパラ、ほんとに面白い。完全に童心に返ってアニメ観てる。

No.61 オリオン

家族と出かける用があったので、珍しく朝9時という早朝(俺にしては)に起床した。眠くてふらふらの状態で出発したんだが、なんと車の中では1度も寝ず、その日1日元気に遊び倒し、帰宅してからもずっとパソコンをいじり続けて、気づいたら午前4時半。朝の眠気はどこへ行ったのやら。昨日は眠りについたのが午前6時だから、3時間しか寝てないんだが。こんな風に異様なほど元気な日がたまにある。

 

博石館というところへ行ってきた。鉱石や石を加工する道具が展示されていたり、地下がちょっとした迷路になっているピラミッドなど、遊ぶところもある場所。迷路は、通路が2人分くらいの幅しかなくとても閉鎖的で、どこも変わり映えしない景色で現在地の推測が難しく、案外手ごわくて焦った。

展示室では、大きな岩の中に水晶があるのが面白かった。宝石が元々岩の中にあるのは当たり前の知識だけど、普段石のことなんか考えないので、いざ目の当たりにすると感動する。人の手ではなく、自然現象であんな綺麗なものが出来上がるってすごい。

 

俺はインターネットから受けた影響がとても大きい。もしかしたらネットがなかったら自殺してた可能性も考えられる。小学生の頃に日記の宿題があって、それに自殺のことを書いたら先生にむちゃくちゃ心配された。本当に死ぬ勇気は当時なかったけど、誰にも救われずに過ごしていたらどうなったか分からない。

 

人の歴史を遡ってみると、時代ごとに景色は違えど、人のやってること自体は変わってなくて、人であることのしがらみからは未だ逃れられていない。でも人は最初から人だったわけじゃなく、動物が進化した存在だし、動物もまた初めからあんなに大きな生き物ではなかった。とすると、人はいずれ別の何かに進化するはずだし、ネットはそれに関与できる可能性を秘めてるんじゃなかろうか、と、攻殻機動隊みたいな空想をする。

 

記事タイトルは、ちょうどorionという曲をyoutubeで聴いていたので。

youtu.be

No.60 公園

夢を見ている間が一番幸せを感じられる。

叶えられるチャンスが来ても、手は伸ばさず、夢をもっともっと深める。叶えられるくらいの夢じゃ物足りないと考える。俺は完璧な夢想家だ。

 

面接に行った会社から連絡がこない。今日で7日経った。もう7日経ってしまったのか。何をしていたか、覚えてない。異様に時間が早かった。丸4日ほど眠ってたんじゃないかと思うほど。俺の人生を返してくれ。

 

とりあえず、映画を3本見た。会社から帰るついでにツタヤへ寄って、「ズートピア」と「ベンジャミンバトン」と「バケモノの子」を借りた。バケモノは映画館で観たから二度目で、あとは初見。3本とも面白かった。でもバケモノは、相変わらず終わり方は最悪だなと思う。テレビアニメや連載漫画みたいなお話だから、2時間に納まらないから仕方ない。

 

 

早く楽なところに就職したい。お小遣いが少なくなってきたし、面白いことがいくら探しても見つからないので。本当は仕事なんてしたくないんだけど。

No.59 ここまでブログを続けて

ブログを始めてから4か月も経っていた。時間がとても早い気がする。

軽い気持ちで始めたブログだが、なんだかんだでほぼ毎日更新してるし、これからもそうすると思うので、今回からタイトルに番号を振ることにする。いつの間にか習慣の一つになっていたことに自分で気づいていなかったので、これからはもっと自発的にやっていこうという意を込めて。

 

今まで58個も記事を書いてきたわけだが、どれも「やりたいことがない」だの「幸せになりたい」だの「生きるのが辛い」だの「俺は愛されていない」だのという取り留めのないものばかりで、自分でも呆れてくる。でも俺の目の前の現実ってのは本当にそんなものなんだ。何度も書いてることだが、することがマジでない。一応ゲームをやってるけど、ゲームを終えるときはいつも満たされなくて、虚しい気持ちになる。こういう生活が本音では好きなんだろうか。自分を疑ってしまうのも、仕方がないと思う。

 

今の俺の思想は、結局それに尽きる。ということで例の如く書きたいことがなくなった。また次回。